無農薬米作りを決心した理由|無農薬栽培歴40年以上の冨田親由

冨田さんの大豆畑

現在の日本の農業界では「99.5%」が農薬を使用している、と言われます。

戦後に急速に普及した農薬。
農薬を使うことが正しく、無農薬栽培は周囲に迷惑をかける。とも考えられています。

そのような状況下で熊本県菊池市の冨田親由さんは無農薬栽培を40年以上も継続してこられています。

農薬が正義と考えれている時代に無農薬栽培を続けることは周囲からの外圧もあったあったはず。

しかし、なぜ、冨田さんは無農薬栽培を続けてこれたのか?

その理由はかつてのご自身の体験からくるものでした。

50年前のある年に突然川から魚がいなくなった!

川

今から50年前、冨田さんが中学3年生の時です

それまでは、夕方になると川に魚釣りによく出かけていたそうです。
一晩で10匹、20匹とよく連れていたそうです^^

しかし、ある年に川の魚が突然姿を消した、全くいなくなったそうです。

「なんでだろう・・・?」

当時はそのように感じたそうです。

でも、思い当たることはありました。

当時、農薬がドンドンを使用される時代で、農薬が撒かれた時には、川沿いに「赤旗」が掲げられ遊泳禁止の合図が出てたそうです。

よく考えてみると、人間の体に毒性がある農薬が川に流れるのですから川魚に影響が出るのは当たり前です。

そこで改めて意識して気付きます。

「農薬が原因で川の魚が減ったのか・・・」

無農薬栽培へのこだわり、周囲からの外圧は・・・

井田と冨田さん

「農薬によって川魚がいなくなる」という経験が強烈に冨田さんの脳裏に刻まれていました。

冨田さんが農業を開始した時に
「農薬を使った農業は絶対にしない!」と決心をしていました。

しかし、農薬が正義の時代に決して容易なことではありません。

周囲からの圧力はなかったのでしょうか?

無農薬栽培に挑戦する若者が最初に直面する壁、

それは、周囲からの言葉です。

「無農薬栽培は害虫は発生するだろ!迷惑だからやめろ!」

農家さんにとって周囲との協調性は大事なのでこの言葉は厳しいのです。

冨田さんに周りから言われなかったのかを聞くと
意外にも「そういったことはあまりなかった」と言います。
影では言われていたかもしれないけど、気にするほどではなかったようです。

でも、冨田さんと触れていると分かります。

おそらく、冨田さんにはしっかりとした軸があるので周りの方は直接には言えなかったのだろうと思います。

自分の「無農薬栽培への信念と軸」これが大事なのですね。

息子に引き継がれる無農薬でのお米作り

自然栽培米農家冨田親子

冨田親由さんは、無農薬での農業は40年以上続けていますが
次世代の息子の和孝さんにお父さんの想いが引き継がれています。

和孝さんは感性の豊かな素敵な方で
安心の食だけでなく、昔みたいに川に生物が戻り、ホタルが舞うような自然に戻したいと考えています。

現代の子ども達のうち、
どれだけの子どもが川で魚がたくさん泳いでいたのを想像できるだろう?
ホタルがどれだけ舞っていたのを想像できるだろう?

戦後の食糧危機の中で、農作業の効率化重視の中で農薬は非常に役に立ちました。その恩恵には感謝しつつ、今後、私たちがどのように食と自然環境に関わっていくのかを改めて考えていく時だと感じています。

冨田さんのような先人が、地道に無農薬米作りを続けてきましたが、徐々に無農薬栽培の取り組みに広がりが見えてきました。

無農薬米作りは全ての農家さんに求めることはできませんが、少しでも「無農薬栽培」というものに興味を持って取り組まれる方が増えると有り難いな」と冨田さんは仰っていました。

美しい地球と美しい田園風景、そして本当に美味しいお米を後世に残していきたいと思います。

【冨田さんが農薬を使用しない理由:動画】

冨田さんが無農薬栽培にこだわっているのはなぜなのか?
食の安心安全を追求して40余年
農業を始めたときから実践し続けている【無農薬栽培】
その理由を動画にてご覧ください
動画視聴はこちら